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September 29, 2022

Read Japanese Classics: 吾輩は猫である I am a Cat 夏目漱石

If you are an intermediate student of Japanese or above (or an aggressive upper beginner), 吾輩(わがはい)は猫(ねこ)である is a great story to learn from. If you are a beginner, while this may be too hard, I highly recommend memorizing the opening line: 

吾輩(わがはい)は猫(ねこ)である。名前(なまえ)はまだ無(な)い。

I am a cat. I do not yet have a name.

Not only is it very famous, it is a cool "party trick" line to use whenever you see a cat, talk about Natsume Souseki, or just want to show off your knowledge of the Japanese classics.

BTW, I made a separate lesson page that breaks down seven famous lines from the story, including the opening and closing lines. Click here to view that lesson.

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About 吾輩(わがはい)は猫(ねこ)である

The story is written from the perspective of a stray cat that comes to stay with a not-too-bright teacher. The teacher spends most of his time behind the closed door of his study, and is therefore considered to be well read by everyone else in the house. But the cat knows better. His master spends most of his study time sleeping. That is until his master discovers other pursuits such as composing haiku, writing grammatically incorrect English compositions, and, finally, water coloring. 

吾輩(わがはい) is a first person pronoun, but it isn't used in modern Japanese. Most likely, if you say 吾輩(わがはい), your listener will immediately think of this novel. The cat's speech is that of a learned scholar or nobleman (noblecat). One of his acquaintances, the cat of a 車屋(くるまや) rickishaw or cartman, uses very low brow speech that contrasts with the high-brow speech of the main cat character.

About this page

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Section 1

吾輩(わがはい)は猫(ねこ)である。名前(なまえ)はまだ無(な)い。
 どこで生(う)れたかとんと見当(けんとう)がつかぬ。何(なん)でも薄暗(うすぐら)いじめじめした所(ところ)でニャーニャー泣(な)いていた事(こと)だけは記憶(きおく)している。吾輩(わがはい)はここで始(はじ)めて人間(にんげん)というものを見(み)た。しかもあとで聞(き)くとそれは書生(しょせい)という人間中(にんげんじゅう)で一番(いちばん)獰悪(どうあく)な種族(しゅぞく)であったそうだ。この書生(しょせい)というのは時々(ときどき)我々(われわれ)を捕(つかま)えて煮(に)て食(く)うという話(はなし)である。しかしその当時(とうじ)は何(なん)という考(かんがえ)もなかったから別段(べつだん)恐(おそろ)しいとも思(おも)わなかった。ただ彼(かれ)の掌(てのひら)に載(の)せられてスーと持(も)ち上(あ)げられた時(とき)何(なん)だかフワフワした感(かん)じがあったばかりである。掌(てのひら)の上(うえ)で少(すこ)し落(お)ちついて書生(しょせい)の顔(かお)を見(み)たのがいわゆる人間(にんげん)というものの見(み)始(はじめ)であろう。この時妙(ときみょう)なものだと思(おも)った感(かん)じが今(いま)でも残(のこ)っている。第一(だいいち)毛(け)をもって装飾(そうしょく)されべきはずの顔(かお)がつるつるしてまるで薬缶(やかん)だ。その後(あと)猫(ねこ)にもだいぶ逢(あ)ったがこんな片輪(かたわ)には一度(いちど)も出会(でく)わした事(こと)がない。のみならず顔(かお)の真中(まんなか)があまりに突起(とっき)している。そうしてその穴(あな)の中(なか)から時々(ときどき)ぷうぷうと煙(けむり)を吹(ふ)く。どうも咽(む)せぽくて実(じつ)に弱(よわ)った。これが人間(にんげん)の飲(の)む煙草(たばこ)というものである事(こと)はようやくこの頃(ごろ)知(し)った。

この書生(しょせい)の掌(てのひら)の裏(うち)でしばらくはよい心持(こころもち)に坐(すわ)っておったが、しばらくすると非常(ひじょう)な速力(そくりょく)で運転(うんてん)し始(はじ)めた。書生(しょせい)が動(うご)くのか自分(じぶん)だけが動(うご)くのか分(わか)らないが無暗(むやみ)に眼(め)が廻(めぐ)る。胸(むね)が悪(わる)くなる。到底(とうてい)助(たす)からないと思(おも)っていると、どさりと音(おと)がして眼(め)から火(ひ)が出(で)た。それまでは記憶(きおく)しているがあとは何(なん)の事(こと)やらいくら考(かんが)え出(だ)そうとしても分(わか)らない。

ふと気(き)が付(つ)いて見(み)ると書生(しょせい)はいない。たくさんおった兄弟(きょうだい)が一(いち)疋(ぴき)も見(み)えぬ。肝心(かんじん)の母親(ははおや)さえ姿(すがた)を隠(かく)してしまった。その上(うえ)今(いま)までの所(ところ)とは違(ちが)って無暗(むやみ)に明(あか)るい。眼(め)を明(あ)いていられぬくらいだ。はてな何(なん)でも容子(ようす)がおかしいと、のそのそ這(は)い出(だ)して見(み)ると非常(ひじょう)に痛(いた)い。吾輩(わがはい)は藁(わら)の上(うえ)から急(きゅう)に笹原(ささはら)の中(なか)へ棄(す)てられたのである。

ようやくの思(おも)いで笹原(ささはら)を這(は)い出(だ)すと向(むこ)うに大(おお)きな池(いけ)がある。吾輩(わがはい)は池(いけ)の前(まえ)に坐(すわ)ってどうしたらよかろうと考(かんが)えて見(み)た。別(べつ)にこれという分別(ふんべつ)も出(で)ない。しばらくして泣(な)いたら書生(しょせい)がまた迎(むかえ)に来(き)てくれるかと考(かんが)え付(つ)いた。ニャー、ニャーと試(こころ)みにやって見(み)たが誰(だれ)も来(こ)ない。そのうち池(いけ)の上(うえ)をさらさらと風(かぜ)が渡(わた)って日(ひ)が暮(く)れかかる。腹(はら)が非常(ひじょう)に減(へ)って来(き)た。泣(な)きたくても声(こえ)が出(で)ない。仕方(しかた)がない、何(なん)でもよいから食物(くいもの)のある所(ところ)まであるこうと決心(けっしん)をしてそろりそろりと池(いけ)を左(ひだ)りに廻(まわ)り始(はじ)めた。どうも非常(ひじょう)に苦(くる)しい。そこを我慢(がまん)して無理(むり)やりに這(は)って行(い)くとようやくの事(こと)で何(なん)となく人(にん)間(げん)臭(くさ)い所(ところ)へ出(で)た。ここへ這入(はい)ったら、どうにかなると思(おも)って竹垣(たけがき)の崩(くず)れた穴(あな)から、とある邸内(ていない)にもぐり込(こ)んだ。縁(えん)は不思議(ふしぎ)なもので、もしこの竹垣(たけがき)が破(やぶ)れていなかったなら、吾輩(わがはい)はついに路傍(ろぼう)に餓死(がし)したかも知(し)れんのである。一樹(いちじゅ)の蔭(かげ)とはよく云(い)ったものだ。この垣根(かきね)の穴(あな)は今日(こんにち)に至(いた)るまで吾輩(わがはい)が隣家(となり)の三毛(みけ)を訪問(ほうもん)する時(とき)の通路(つうろ)になっている。さて邸(やしき)へは忍(しの)び込(こ)んだもののこれから先(さき)どうして善(い)いか分(わか)らない。そのうちに暗(くら)くなる、腹(はら)は減(へ)る、寒(さむ)さは寒(さむ)し、雨(あめ)が降(ふ)って来(く)るという始末(しまつ)でもう一刻(いっこく)の猶予(ゆうよ)が出来(でき)なくなった。仕方(しかた)がないからとにかく明(あか)るくて暖(あたた)かそうな方(ほう)へ方(ほう)へとあるいて行(い)く。今(いま)から考(かんが)えるとその時(とき)はすでに家(いえ)の内(うち)に這入(はい)っておったのだ。ここで吾輩(わがはい)は彼(か)の書(しょ)生(せい)以(い)外(がい)の人間(にんげん)を再(ふたた)び見(み)るべき機会(きかい)に遭遇(そうぐう)したのである。第一(だいいち)に逢(あ)ったのがおさんである。これは前(まえ)の書生(しょせい)より一(いっ)層(そう)乱(らん)暴(ぼう)な方(ほう)で吾輩(わがはい)を見(み)るや否(いな)やいきなり頸筋(くびすじ)をつかんで表(おもて)へ抛(ほう)り出(だ)した。いやこれは駄目(だめ)だと思(おも)ったから眼(め)をねぶって運(うん)を天(てん)に任(まか)せていた。しかしひもじいのと寒(さむ)いのにはどうしても我慢(がまん)が出来(でき)ん。吾輩(わがはい)は再(ふたた)びおさんの隙(すき)を見(み)て台所(だいどころ)へ這(は)い上(あが)った。すると間(ま)もなくまた投(な)げ出(だ)された。吾輩(わがはい)は投(な)げ出(だ)されては這(は)い上(のぼ)り、這(は)い上(のぼ)っては投(な)げ出(だ)され、何(なん)でも同(おな)じ事(こと)を四五遍(しごへん)繰(く)り返(かえ)したのを記憶(きおく)している。その時(とき)におさんと云(い)う者(もの)はつくづくいやになった。この間(あいだ)おさんの三馬(さんま)を偸(ぬす)んでこの返報(へんぽう)をしてやってから、やっと胸(むね)の痞(つかえ)が下(お)りた。吾輩(わがはい)が最後(さいご)につまみ出(だ)されようとしたときに、この家(うち)の主人(しゅじん)が騒々(そうぞう)しい何(なん)だといいながら出(で)て来(き)た。下女(げじょ)は吾輩(わがはい)をぶら下(さ)げて主人(しゅじん)の方(ほう)へ向(む)けて「この宿(やど)なしの小猫(こねこ)がいくら出(だ)しても出(だ)しても御台所(おだいどころ)へ上(あが)って来(き)て困(こま)ります」という。主人(しゅじん)は鼻(はな)の下(した)の黒(くろ)い毛(け)を撚(ひね)りながら吾輩(わがはい)の顔(かお)をしばらく眺(なが)めておったが、やがて「そんなら内(うち)へ置(お)いてやれ」といったまま奥(おく)へ這入(はい)ってしまった。主人(しゅじん)はあまり口(くち)を聞(き)かぬ人(ひと)と見(み)えた。

下女(げじょ)は口惜(くや)しそうに吾輩(わがはい)を台所(だいどころ)へ抛(ほう)り出(だ)した。かくして吾輩(わがはい)はついにこの家(うち)を自分(じぶん)の住家(すみか)と極(き)める事(こと)にしたのである。

Section Translation & Notes


Section 2

吾輩(わがはい)の主人(しゅじん)は滅多(めった)に吾輩(わがはい)と顔(かお)を合(あわ)せる事(こと)がない。職業(しょくぎょう)は教師(きょうし)だそうだ。学校(がっこう)から帰(かえ)ると終日(しゅうじつ)書斎(しょさい)に這入(はい)ったぎりほとんど出(で)て来(く)る事(こと)がない。家(うち)のものは大変(たいへん)な勉強家(べんきょうか)だと思(おも)っている。当人(とうにん)も勉強家(べんきょうか)であるかのごとく見(み)せている。しかし実際(じっさい)はうちのものがいうような勤勉家(きんべんか)ではない。吾輩(わがはい)は時々(ときどき)忍(しの)び足(あし)に彼(かれ)の書斎(しょさい)を覗(のぞ)いて見(み)るが、彼(かれ)はよく昼寝(ひるね)をしている事(こと)がある。時々(ときどき)読(よ)みかけてある本(ほん)の上(うえ)に涎(よだれ)をたらしている。彼(かれ)は胃弱(いじゃく)で皮膚(ひふ)の色(いろ)が淡黄色(たんこうしょく)を帯(お)びて弾力(だんりょく)のない不活溌(ふかっぱつ)な徴候(ちょうこう)をあらわしている。その癖(くせ)に大飯(おおめし)を食(く)う。大飯(おおめし)を食(く)った後(あと)でタカジヤスターゼを飲(の)む。飲(の)んだ後(あと)で書物(しょもつ)をひろげる。二三(にさん)ページ読(よ)むと眠(ねむ)くなる。涎(よだれ)を本(ほん)の上(うえ)へ垂(た)らす。これが彼(かれ)の毎夜(まいよ)繰(く)り返(かえ)す日課(にっか)である。吾輩(わがはい)は猫(ねこ)ながら時々(ときどき)考(かんが)える事(こと)がある。教師(きょうし)というものは実(じつ)に楽(らく)なものだ。人間(にんげん)と生(うま)れたら教師(きょうし)となるに限(かぎ)る。こんなに寝(ね)ていて勤(つと)まるものなら猫(ねこ)にでも出来(でき)ぬ事(こと)はないと。それでも主人(しゅじん)に云(い)わせると教師(きょうし)ほどつらいものはないそうで彼(かれ)は友達(ともだち)が来(く)る度(たび)に何(なん)とかかんとか不平(ふへい)を鳴(な)らしている。

吾輩(わがはい)がこの家(いえ)へ住(す)み込(こ)んだ当時(とうじ)は、主人(しゅじん)以外(いがい)のものにははなはだ不人望(ふにんぼう)であった。どこへ行(い)っても跳(は)ね付(つ)けられて相手(あいて)にしてくれ手(て)がなかった。いかに珍重(ちんちょう)されなかったかは、今日(こんにち)に至(いた)るまで名前(なまえ)さえつけてくれないのでも分(わか)る。吾輩(わがはい)は仕方(しかた)がないから、出来得(できう)る限(かぎ)り吾輩(わがはい)を入(い)れてくれた主人(しゅじん)の傍(そば)にいる事(こと)をつとめた。朝(あさ)主人(しゅじん)が新聞(しんぶん)を読(よ)むときは必(かなら)ず彼(かれ)の膝(ひざ)の上(うえ)に乗(の)る。彼(かれ)が昼寝(ひるね)をするときは必(かなら)ずその背中(せなか)に乗(の)る。これはあながち主人(しゅじん)が好(す)きという訳(わけ)ではないが別(べつ)に構(かま)い手(て)がなかったからやむを得(え)んのである。その後(ご)いろいろ経験(けいけん)の上(うえ)、朝(あさ)は飯櫃(めしびつ)の上(うえ)、夜(よる)は炬燵(こたつ)の上(うえ)、天気(てんき)のよい昼(ひる)は椽側(えんがわ)へ寝(ね)る事(こと)とした。しかし一番(いちばん)心持(こころもち)の好(い)いのは夜(よ)に入(い)ってここのうちの小供(こども)の寝床(ねどこ)へもぐり込(こ)んでいっしょにねる事(こと)である。この小供(こども)というのは五(いつ)つと三(みっ)つで夜(よる)になると二人(ふたり)が一(ひと)つ床(とこ)へ入(はい)って一間(ひとま)へ寝(ね)る。吾輩(わがはい)はいつでも彼等(かれら)の中間(ちゅうかん)に己(おの)れを容(い)るべき余地(よち)を見出(みいだ)してどうにか、こうにか割(わ)り込(こ)むのであるが、運悪(うんわる)く小供(こども)の一人(ひとり)が眼(め)を醒(さ)ますが最後(さいご)大変(たいへん)な事(こと)になる。小供(こども)は――ことに小(ちい)さい方(ほう)が質(たち)がわるい――猫(ねこ)が来(き)た猫(ねこ)が来(き)たといって夜中(よなか)でも何(なん)でも大(おお)きな声(こえ)で泣(な)き出(だ)すのである。すると例(れい)の神経胃弱性(しんけいいじゃくせい)の主人(しゅじん)は必(かなら)ず眼(め)をさまして次(つぎ)の部屋(へや)から飛(と)び出(だ)してくる。現(げん)にせんだってなどは物指(ものさし)で尻(しり)ぺたをひどく叩(たた)かれた。

吾輩(わがはい)は人間(にんげん)と同居(どうきょ)して彼等(かれら)を観察(かんさつ)すればするほど、彼等(かれら)は我儘(わがまま)なものだと断言(だんげん)せざるを得(え)ないようになった。ことに吾輩(わがはい)が時々(ときどき)同衾(どうきん)する小供(こども)のごときに至(いた)っては言語同断(ごんごどうだん)である。自分(じぶん)の勝手(かって)な時(とき)は人(ひと)を逆(さか)さにしたり、頭(あたま)へ袋(ふくろ)をかぶせたり、抛(ほう)り出(だ)したり、へっついの中(なか)へ押(お)し込(こ)んだりする。しかも吾輩(わがはい)の方(ほう)で少(すこ)しでも手出(てだ)しをしようものなら家内(かない)総(そう)がかりで追(お)い廻(まわ)して迫害(はくがい)を加(くわ)える。この間(あいだ)もちょっと畳(たたみ)で爪(つめ)を磨(と)いだら細君(さいくん)が非常(ひじょう)に怒(おこ)ってそれから容易(ようい)に座敷(ざしき)へ入(い)れない。台所(だいどころ)の板(いた)の間(あいだ)で他(ひと)が顫(ふる)えていても一向(いっこう)平気(へいき)なものである。吾輩(わがはい)の尊敬(そんけい)する筋向(すじむこう)の白君(しろくん)などは逢(あ)う度毎(たびごと)に人間(にんげん)ほど不人情(ふにんじょう)なものはないと言(い)っておらるる。白君(しろくん)は先日玉(せんじつたま)のような子猫(こねこ)を四疋(よんひき)産(う)まれたのである。ところがそこの家(うち)の書生(しょせい)が三日目(みっかめ)にそいつを裏(うら)の池(いけ)へ持(も)って行(い)って四疋(よんひき)ながら棄(す)てて来(き)たそうだ。白君(しろくん)は涙(なみだ)を流(なが)してその一部始終(いちぶしじゅう)を話(はな)した上(うえ)、どうしても我等(われら)猫族(ねこぞく)が親子(おやこ)の愛(あい)を完(まった)くして美(うつく)しい家族的(かぞくてき)生活(せいかつ)をするには人間(にんげん)と戦(たたか)ってこれを剿滅(そうめつ)せねばならぬといわれた。一々(いちいち)もっともの議論(ぎろん)と思(おも)う。また隣(とな)りの三毛(みけ)君(きみ)などは人間(にんげん)が所有権(しょゆうけん)という事(こと)を解(かい)していないといって大(おおい)に憤慨(ふんがい)している。元来(がんらい)我々(われわれ)同族間(どうぞくかん)では目刺(めざし)の頭(あたま)でも鰡(ぼら)の臍(へそ)でも一番(いちばん)先(さき)に見付(みつ)けたものがこれを食(く)う権利(けんり)があるものとなっている。もし相手(あいて)がこの規約(きやく)を守(まも)らなければ腕力(わんりょく)に訴(うった)えて善(よ)いくらいのものだ。しかるに彼等(かれら)人間(にんげん)は毫(ごう)もこの観念(かんねん)がないと見(み)えて我等(われら)が見付(みつ)けた御馳走(ごちそう)は必(かなら)ず彼等(かれら)のために掠奪(りゃくだつ)せらるるのである。彼等(かれら)はその強力(ごうりき)を頼(たの)んで正当(せいとう)に吾人(ごじん)が食(く)い得(え)べきものを奪(うば)ってすましている。白君(しろくん)は軍人(ぐんじん)の家(うち)におり三毛君(みけくん)は代言(だいげん)の主人(しゅじん)を持(も)っている。吾輩(わがはい)は教師(きょうし)の家(いえ)に住(す)んでいるだけ、こんな事(こと)に関(かん)すると両君(りょうくん)よりもむしろ楽天(らくてん)である。ただその日(ひ)その日(ひ)がどうにかこうにか送(おく)られればよい。いくら人間(にんげん)だって、そういつまでも栄(さか)える事(こと)もあるまい。まあ気(き)を永(なが)く猫(ねこ)の時節(じせつ)を待(ま)つがよかろう。

Section Translation & Notes


Section 3

我儘(わがまま)で思(おも)い出(だ)したからちょっと吾輩(わがはい)の家(いえ)の主人(しゅじん)がこの我儘(わがまま)で失敗(しっぱい)した話(はなし)をしよう。元来(がんらい)この主人(しゅじん)は何(なん)といって人(ひと)に勝(すぐ)れて出来(でき)る事(こと)もないが、何(なに)にでもよく手(て)を出(だ)したがる。俳句(はいく)をやってほととぎすへ投書(とうしょ)をしたり、新体詩(しんたいし)を明星(みょうじょう)へ出(だ)したり、間違(まちが)いだらけの英文(えいぶん)をかいたり、時(とき)によると弓(ゆみ)に凝(こ)ったり、謡(うたい)を習(なら)ったり、またあるときはヴァイオリンなどをブーブー鳴(な)らしたりするが、気(き)の毒(どく)な事(こと)には、どれもこれも物(もの)になっておらん。その癖(くせ)やり出(だ)すと胃弱(いじゃく)の癖(くせ)にいやに熱心(ねっしん)だ。後架(こうか)の中(なか)で謡(うたい)をうたって、近所(きんじょ)で後架先生(こうかせんせい)と渾名(あだな)をつけられているにも関(かん)せず一向(いっこう)平気(へいき)なもので、やはりこれは平(たいら)の宗盛(むねもり)にて候(そうろう)を繰返(くりかえ)している。みんながそら宗盛(むねもり)だと吹(ふ)き出(だ)すくらいである。この主人(しゅじん)がどういう考(かんがえ)になったものか吾輩(わがはい)の住(す)み込(こ)んでから一月(ひとつき)ばかり後(のち)のある月(つき)の月給日(げっきゅうび)に、大(おお)きな包(つつ)みを提(さ)げてあわただしく帰(かえ)って来(き)た。何(なに)を買(か)って来(き)たのかと思(おも)うと水彩絵具(すいさいえのぐ)と毛筆(もうひつ)とワットマンという紙(かみ)で今日(きょう)から謡(うたい)や俳句(はいく)をやめて絵(え)をかく決心(けっしん)と見(み)えた。果(はた)して翌日(よくじつ)から当分(とうぶん)の間(あいだ)というものは毎日毎日(まいにちまいにち)書斎(しょさい)で昼寝(ひるね)もしないで絵(え)ばかりかいている。しかしそのかき上(あ)げたものを見(み)ると何(なに)をかいたものやら誰(だれ)にも鑑定(かんてい)がつかない。当人(とうにん)もあまり甘(うま)くないと思(おも)ったものか、ある日(ひ)その友人(ゆうじん)で美学(びがく)とかをやっている人(ひと)が来(き)た時(とき)に下(しも)のような話(はなし)をしているのを聞(き)いた。

「どうも甘(うま)くかけないものだね。人(ひと)のを見(み)ると何(なん)でもないようだが自(みずか)ら筆(ふで)をとって見(み)ると今更(いまさら)のようにむずかしく感(かん)ずる」これは主人(しゅじん)の述懐(じゅっかい)である。なるほど詐(いつわ)りのない処(ところ)だ。彼(かれ)の友(とも)は金縁(きんぶち)の眼鏡越(めがねごし)に主人(しゅじん)の顔(かお)を見(み)ながら、「そう初(はじ)めから上手(じょうず)にはかけないさ、第一(だいいち)室内(しつない)の想像(そうぞう)ばかりで画(え)がかける訳(わけ)のものではない。昔(むか)し以太利(イタリー)の大家(たいか)アンドレア・デル・サルトが言(い)った事(こと)がある。画(え)をかくなら何(なん)でも自然(しぜん)その物(もの)を写(うつ)せ。天(てん)に星辰(せいしん)あり。地(ち)に露華(ろか)あり。飛(と)ぶに禽(とり)あり。走(はし)るに獣(けもの)あり。池(いけ)に金魚(きんぎょ)あり。枯木(こぼく)に寒鴉(かんあ)あり。自然(しぜん)はこれ一幅(いっぷく)の大活画(だいかつが)なりと。どうだ君(きみ)も画(え)らしい画(え)をかこうと思(おも)うならちと写生(しゃせい)をしたら」

「へえアンドレア・デル・サルトがそんな事(こと)をいった事(こと)があるかい。ちっとも知(し)らなかった。なるほどこりゃもっともだ。実(じつ)にその通(とお)りだ」と主人(しゅじん)は無暗(むやみ)に感心(かんしん)している。金縁(きんぶち)の裏(うら)には嘲(あざ)けるような笑(わらい)が見(み)えた。
 その翌日(よくじつ)吾輩(わがはい)は例(れい)のごとく椽側(えんがわ)に出(で)て心持善(こころもちよ)く昼寝(ひるね)をしていたら、主人(しゅじん)が例(れい)になく書斎(しょさい)から出(で)て来(き)て吾輩(わがはい)の後(うし)ろで何(なに)かしきりにやっている。ふと眼(め)が覚(さ)めて何(なに)をしているかと一分(いちぶ)ばかり細目(ほそめ)に眼(め)をあけて見(み)ると、彼(かれ)は余念(よねん)もなくアンドレア・デル・サルトを極(き)め込(こ)んでいる。吾輩(わがはい)はこの有様(ありさま)を見(み)て覚(おぼ)えず失笑(しっしょう)するのを禁(きん)じ得(え)なかった。彼(かれ)は彼(かれ)の友(とも)に揶揄(やゆ)せられたる結果(けっか)としてまず手初(てはじ)めに吾輩(わがはい)を写生(しゃせい)しつつあるのである。吾輩(わがはい)はすでに十分(じゅうぶん)寝(ね)た。欠伸(あくび)がしたくてたまらない。しかしせっかく主人(しゅじん)が熱心(ねっしん)に筆(ふで)を執(と)っているのを動(うご)いては気(き)の毒(どく)だと思(おも)って、じっと辛棒(しんぼう)しておった。彼(かれ)は今(いま)吾輩(わがはい)の輪廓(りんかく)をかき上(あ)げて顔(かお)のあたりを色彩(いろど)っている。吾輩(わがはい)は自白(じはく)する。吾輩(わがはい)は猫(ねこ)として決(けっ)して上乗(じょうじょう)の出来(でき)ではない。背(せ)といい毛並(けなみ)といい顔(かお)の造作(ぞうさ)といいあえて他(た)の猫(ねこ)に勝(まさ)るとは決(けっ)して思(おも)っておらん。しかしいくら不器量(ぶきりょう)の吾輩(わがはい)でも、今(いま)吾輩(わがはい)の主人(しゅじん)に描(えが)き出(だ)されつつあるような妙(みょう)な姿(すがた)とは、どうしても思(おも)われない。第一(だいいち)色(いろ)が違(ちが)う。吾輩(わがはい)は波斯産(ペルシャさん)の猫(ねこ)のごとく黄(き)を含(ふく)める淡灰色(たんかいしょく)に漆(うるし)のごとき斑入(ふい)りの皮膚(ひふ)を有(ゆう)している。これだけは誰(だれ)が見(み)ても疑(うたが)うべからざる事実(じじつ)と思(おも)う。しかるに今(いま)主人(しゅじん)の彩色(さいしょく)を見(み)ると、黄(き)でもなければ黒(くろ)でもない、灰色(はいいろ)でもなければ褐色(とびいろ)でもない、さればとてこれらを交(ま)ぜた色(いろ)でもない。ただ一種(いっしゅ)の色(いろ)であるというよりほかに評(ひょう)し方(かた)のない色(いろ)である。その上(うえ)不思議(ふしぎ)な事(こと)は眼(め)がない。もっともこれは寝(ね)ているところを写生(しゃせい)したのだから無理(むり)もないが眼(め)らしい所(ところ)さえ見(み)えないから盲猫(めくら)だか寝(ね)ている猫(ねこ)だか判然(はんぜん)しないのである。吾輩(わがはい)は心中(しんじゅう)ひそかにいくらアンドレア・デル・サルトでもこれではしようがないと思(おも)った。しかしその熱心(ねっしん)には感服(かんぷく)せざるを得(え)ない。なるべくなら動(うご)かずにおってやりたいと思(おも)ったが、さっきから小便(しょうべん)が催(もよお)うしている。身内(みうち)の筋肉(きんにく)はむずむずする。最早(もはや)一分(いちぶん)も猶予(ゆうよ)が出来(でき)ぬ仕儀(しぎ)となったから、やむをえず失敬(しっけい)して両足(りょうあし)を前(まえ)へ存分(ぞんぶん)のして、首(くび)を低(ひく)く押(お)し出(だ)してあーあと大(だい)なる欠伸(あくび)をした。さてこうなって見(み)ると、もうおとなしくしていても仕方(しかた)がない。どうせ主人(しゅじん)の予定(よてい)は打(ぶ)ち壊(こ)わしたのだから、ついでに裏(うら)へ行(い)って用(よう)を足(た)そうと思(おも)ってのそのそ這(は)い出(だ)した。すると主人(しゅじん)は失望(しつぼう)と怒(いか)りを掻(か)き交(ま)ぜたような声(こえ)をして、座敷(ざしき)の中(なか)から「この馬鹿野郎(ばかやろう)」と怒鳴(どな)った。

Section Translation & Notes


Section 4

この主人(しゅじん)は人(ひと)を罵(ののし)るときは必(かなら)ず馬鹿野郎(ばかやろう)というのが癖(くせ)である。ほかに悪口(わるくち)の言(い)いようを知(し)らないのだから仕方(しかた)がないが、今(いま)まで辛棒(しんぼう)した人(ひと)の気(き)も知(し)らないで、無暗(むやみ)に馬鹿野郎(ばかやろう)呼(よば)わりは失敬(しっけい)だと思(おも)う。それも平生(へいぜい)吾輩(わがはい)が彼(かれ)の背中(せなか)へ乗(の)る時(とき)に少(すこ)しは好(い)い顔(かお)でもするならこの漫罵(まんば)も甘(あま)んじて受(う)けるが、こっちの便利(べんり)になる事(こと)は何一(なにひと)つ快(こころよ)くしてくれた事(こと)もないのに、小便(しょうべん)に立(た)ったのを馬鹿野郎(ばかやろう)とは酷(ひど)い。元来(がんらい)人間(にんげん)というものは自己(じこ)の力量(りきりょう)に慢(まん)じてみんな増長(ぞうちょう)している。少(すこ)し人間(にんげん)より強(つよ)いものが出(で)て来(き)て窘(いじ)めてやらなくてはこの先(さき)どこまで増長(ぞうちょう)するか分(わか)らない。

我儘(わがまま)もこのくらいなら我慢(がまん)するが吾輩(わがはい)は人間(にんげん)の不徳(ふとく)についてこれよりも数倍悲(すうばいかな)しむべき報道(ほうどう)を耳(みみ)にした事(こと)がある。

吾輩(わがはい)の家(いえ)の裏(うら)に十坪(とつぼ)ばかりの茶園(ちゃえん)がある。広(ひろ)くはないが瀟洒(さっぱり)とした心持(こころも)ち好(よ)く日(ひ)の当(あた)る所(ところ)だ。うちの小供(こども)があまり騒(さわ)いで楽々(らくらく)昼寝(ひるね)の出来(でき)ない時(とき)や、あまり退屈(たいくつ)で腹加減(はらかげん)のよくない折(おり)などは、吾輩(わがはい)はいつでもここへ出(で)て浩然(こうぜん)の気(き)を養(やしな)うのが例(れい)である。ある小春(こはる)の穏(おだや)かな日(ひ)の二時頃(にじごろ)であったが、吾輩(わがはい)は昼飯後(ちゅうはんご)快(こころ)よく一睡(いっすい)した後(のち)、運動(うんどう)かたがたこの茶園(ちゃえん)へと歩(ほ)を運(はこ)ばした。茶(ちゃ)の木(き)の根(ね)を一本一本嗅(いっぽんいっぽんか)ぎながら、西側(にしがわ)の杉垣(すぎかき)のそばまでくると、枯菊(かれきく)を押(お)し倒(たお)してその上(うえ)に大(おお)きな猫(ねこ)が前後不覚(ぜんごふかく)に寝(ね)ている。彼(かれ)は吾輩(わがはい)の近(ちか)づくのも一向(いっこう)心付(こころつ)かざるごとく、また心付(こころつ)くも無頓着(むとんちゃく)なるごとく、大(おお)きな鼾(いびき)をして長々(ながなが)と体(からだ)を横(よこた)えて眠(ねむ)っている。他(ひと)の庭内(ていない)に忍(しの)び入(い)りたるものがかくまで平気(へいき)に睡(ねむ)られるものかと、吾輩(わがはい)は窃(ひそ)かにその大胆(だいたん)なる度胸(どきょう)に驚(おどろ)かざるを得(え)なかった。彼(かれ)は純粋(じゅんすい)の黒猫(くろねこ)である。わずかに午(ご)を過(す)ぎたる太陽(たいよう)は、透明(とうめい)なる光線(こうせん)を彼(かれ)の皮膚(ひふ)の上(うえ)に抛(な)げかけて、きらきらする柔毛(にこげ)の間(あいだ)より眼(め)に見(み)えぬ炎(えん)でも燃(も)え出(い)ずるように思(おも)われた。彼(かれ)は猫中(ねこちゅう)の大王(だいおう)とも云(い)うべきほどの偉大(いだい)なる体格(たいかく)を有(ゆう)している。吾輩(わがはい)の倍(ばい)はたしかにある。吾輩(わがはい)は嘆賞(たんしょう)の念(ねん)と、好奇(こうき)の心(こころ)に前後(ぜんご)を忘(わす)れて彼(かれ)の前(まえ)に佇立(ちょりつ)して余念(よねん)もなく眺(なが)めていると、静(しず)かなる小春(こはる)の風(かぜ)が、杉垣(すぎかき)の上(うえ)から出(で)たる梧桐(ごとう)の枝(えだ)を軽(かろ)く誘(さそ)ってばらばらと二(に)三(さん)枚(まい)の葉(は)が枯菊(かれきく)の茂(しげ)みに落(お)ちた。大王(だいおう)はかっとその真丸(まんまる)の眼(め)を開(ひら)いた。今(いま)でも記憶(きおく)している。その眼(め)は人間(にんげん)の珍重(ちんちょう)する琥珀(こはく)というものよりも遥(はる)かに美(うつく)しく輝(かがや)いていた。彼(かれ)は身動(みうご)きもしない。双眸(そうぼう)の奥(おく)から射(い)るごとき光(ひかり)を吾輩(わがはい)の矮小(わいしょう)なる額(ひたい)の上(うえ)にあつめて、御(お)めえは一体何(いったいなん)だと云(い)った。大王(だいおう)にしては少々言葉(しょうしょうことば)が卑(いや)しいと思(おも)ったが何(なに)しろその声(こえ)の底(そこ)に犬(いぬ)をも挫(ひ)しぐべき力(ちから)が籠(こも)っているので吾輩(わがはい)は少(すく)なからず恐(おそ)れを抱(いだ)いた。しかし挨拶(あいさつ)をしないと険呑(けんのん)だと思(おも)ったから「吾輩(わがはい)は猫(ねこ)である。名前(なまえ)はまだない」となるべく平気(へいき)を装(よそお)って冷然(れいぜん)と答(こた)えた。しかしこの時(とき)吾輩(わがはい)の心臓(しんぞう)はたしかに平時(へいじ)よりも烈(はげ)しく鼓動(こどう)しておった。

彼(かれ)は大(おおい)に軽蔑(けいべつ)せる調子(ちょうし)で「何(なに)、猫(ねこ)だ? 猫(ねこ)が聞(き)いてあきれらあ。全(ぜん)てえどこに住(す)んでるんだ」随分(ずいぶん)傍若無人(ぼうじゃくぶじん)である。「吾輩(わがはい)はここの教師(きょうし)の家(うち)にいるのだ」

「どうせそんな事(こと)だろうと思(おも)った。いやに瘠(や)せてるじゃねえか」と大王(だいおう)だけに気焔(きえん)を吹(ふ)きかける。言葉付(ことばづけ)から察(さっ)するとどうも良家(りょうか)の猫(ねこ)とも思(おも)われない。しかしその膏切(あぶらぎ)って肥満(ひまん)しているところを見(み)ると御馳走(ごちそう)を食(く)ってるらしい、豊(ゆた)かに暮(くら)しているらしい。

吾輩(わがはい)は「そう云(い)う君(きみ)は一体誰(いったいだれ)だい」と聞(き)かざるを得(え)なかった。

「己(お)れあ車屋(くるまや)の黒(くろ)よ」昂然(こうぜん)たるものだ。車屋(くるまや)の黒(くろ)はこの近辺(きんぺん)で知(し)らぬ者(もの)なき乱暴猫(らんぼうねこ)である。しかし車屋(くるまや)だけに強(つよ)いばかりでちっとも教育(きょういく)がないからあまり誰(だれ)も交際(こうさい)しない。同盟敬遠主義(どうめいけいえんしゅぎ)の的(まと)になっている奴(やつ)だ。吾輩(わがはい)は彼(かれ)の名(な)を聞(き)いて少々尻(しょうしょうしり)こそばゆき感(かん)じを起(おこ)すと同時(どうじ)に、一方(いっぽう)では少々(しょうしょう)軽侮(けいぶ)の念(ねん)も生(しょう)じたのである。吾輩(わがはい)はまず彼(かれ)がどのくらい無学(むがく)であるかを試(ため)してみようと思(おも)って左(さ)の問答(もんどう)をして見(み)た。

Section Translation & Notes


Section 5

「一体車屋(いったいくるまや)と教師(きょうし)とはどっちがえらいだろう」

「車屋(くるまや)の方(ほう)が強(つよ)いに極(きま)っていらあな。御(お)めえのうちの主人(しゅじん)を見(み)ねえ、まるで骨(ほね)と皮(かわ)ばかりだぜ」

「君(きみ)も車屋(くるまや)の猫(ねこ)だけに大分(だいぶ)強(つよ)そうだ。車屋(くるまや)にいると御馳走(ごちそう)が食(く)えると見(み)えるね」

「何(なあ)におれなんざ、どこの国(くに)へ行(い)ったって食(く)い物(もの)に不自由(ふじゆう)はしねえつもりだ。御(お)めえなんかも茶畠(ちゃばたけ)ばかりぐるぐる廻(まわ)っていねえで、ちっと己(おれ)の後(あと)へくっ付(つ)いて来(き)て見(み)ねえ。一(ひ)と月(つき)とたたねえうちに見違(みちが)えるように太(ふと)れるぜ」

「追(お)ってそう願(ねが)う事(こと)にしよう。しかし家(うち)は教師(きょうし)の方(ほう)が車屋(くるまや)より大(おお)きいのに住(す)んでいるように思(おも)われる」

「箆棒(べらぼう)め、うちなんかいくら大(おお)きくたって腹(はら)の足(た)しになるもんか」

彼(かれ)は大(おおい)に肝癪(かんしゃく)に障(さわ)った様子(ようす)で、寒竹(かんちく)をそいだような耳(みみ)をしきりとぴく付(つ)かせてあららかに立(た)ち去(さ)った。吾輩(わがはい)が車屋(くるまや)の黒(くろ)と知己(ちき)になったのはこれからである。

その後(ご)吾輩(わがはい)は度々(たびたび)黒(くろ)と邂逅(かいこう)する。邂逅(かいこう)する毎(ごと)に彼(かれ)は車屋相当(くるまやそうとう)の気焔(きえん)を吐(は)く。先(さき)に吾輩(わがはい)が耳(みみ)にしたという不徳事件(ふとくじけん)も実(じつ)は黒(くろ)から聞(き)いたのである。

或(あ)る日(ひ)例(れい)のごとく吾輩(わがはい)と黒(くろ)は暖(あたた)かい茶畠(ちゃばたけ)の中(なか)で寝転(ねころ)びながらいろいろ雑談(ざつだん)をしていると、彼(かれ)はいつもの自慢話(じまんばな)しをさも新(あたら)しそうに繰(く)り返(かえ)したあとで、吾輩(わがはい)に向(むか)って下(しも)のごとく質問(しつもん)した。「御(お)めえは今(いま)までに鼠(ねずみ)を何匹(なんびき)とった事(こと)がある」智識(ちしき)は黒(くろ)よりも余程発達(よほどはったつ)しているつもりだが腕力(わんりょく)と勇気(ゆうき)とに至(いた)っては到底(とうてい)黒(くろ)の比較(ひかく)にはならないと覚悟(かくご)はしていたものの、この問(とい)に接(せっ)したる時(とき)は、さすがに極(きま)りが善(よ)くはなかった。けれども事実(じじつ)は事実(じじつ)で詐(いつわ)る訳(わけ)には行(い)かないから、吾輩(わがはい)は「実(じつ)はとろうとろうと思(おも)ってまだ捕(と)らない」と答(こた)えた。黒(くろ)は彼(かれ)の鼻(はな)の先(さき)からぴんと突張(つっぱ)っている長(なが)い髭(ひげ)をびりびりと震(ふる)わせて非常(ひじょう)に笑(わら)った。元来黒(がんらいくろ)は自慢(じまん)をする丈(だけ)にどこか足(た)りないところがあって、彼(かれ)の気焔(きえん)を感心(かんしん)したように咽喉(のど)をころころ鳴(な)らして謹聴(きんちょう)していればはなはだ御(ぎょ)しやすい猫(ねこ)である。吾輩(わがはい)は彼(かれ)と近付(ちかづき)になってから直(すぐ)にこの呼吸(こきゅう)を飲(の)み込(こ)んだからこの場合(ばあい)にもなまじい己(おの)れを弁護(べんご)してますます形勢(けいせい)をわるくするのも愚(ぐ)である、いっその事(こと)彼(かれ)に自分(じぶん)の手柄話(てがらはなし)をしゃべらして御茶(おちゃ)を濁(にご)すに若(し)くはないと思案(しあん)を定(さだ)めた。そこでおとなしく

「君(きみ)などは年(とし)が年(とし)であるから大分(だいぶん)とったろう」とそそのかして見(み)た。果然彼(かぜんかれ)は墻壁(しょうへき)の欠所(けっしょ)に吶喊(とっかん)して来(き)た。

「たんとでもねえが三四十(みよんじゅう)はとったろう」とは得意気(とくいげ)なる彼(かれ)の答(こたえ)であった。

彼(かれ)はなお語(ご)をつづけて「鼠(ねずみ)の百(ひゃく)や二百(にひゃく)は一人(ひとり)でいつでも引(ひ)き受(う)けるがいたちってえ奴(やつ)は手(て)に合(あ)わねえ。一度(いちど)いたちに向(むか)って酷(ひど)い目(め)に逢(あ)った」

「へえなるほど」と相槌(あいづち)を打(う)つ。黒(くろ)は大(おお)きな眼(め)をぱちつかせて云(い)う。

「去年(きょねん)の大掃除(おおそうじ)の時(とき)だ。うちの亭主(ていしゅ)が石灰(いしばい)の袋(ふくろ)を持(も)って椽(えん)の下(した)へ這(は)い込(こ)んだら御(お)めえ大(おお)きないたちの野郎(やろう)が面喰(めんくら)って飛(と)び出(だ)したと思(おも)いねえ」

「ふん」と感心(かんしん)して見(み)せる。

「いたちってけども何鼠(なにねずみ)の少(すこ)し大(おお)きいぐれえのものだ。こん畜生(ちきしょう)って気(き)で追(お)っかけてとうとう泥溝(どぶ)の中(なか)へ追い込(こ)んだと思(おも)いねえ」

「うまくやったね」と喝采(かっさい)してやる。

「ところが御(お)めえいざってえ段(だん)になると奴(やつ)め最後(さいご)っ屁(ぺ)をこきゃがった。臭(くせ)えの臭(しゅう)くねえのってそれからってえものはいたちを見(み)ると胸(むね)が悪(わる)くならあ」

Section Translation & Notes


Section 6

彼(かれ)はここに至(いた)ってあたかも去年(きょねん)の臭気(しゅうき)を今(いま)なお感(かん)ずるごとく前足(まえあし)を揚(あ)げて鼻(はな)の頭(あたま)を二(に)三(さん)遍(へん)なで廻(かい)わした。吾輩(わがはい)も少々気(しょうしょうき)の毒(どく)な感(かん)じがする。ちっと景気(けいき)を付(つ)けてやろうと思(おも)って「しかし鼠(ねずみ)なら君(きみ)に睨(にら)まれては百年目(ひゃくねんめ)だろう。君(きみ)はあまり鼠(ねずみ)を捕(と)るのが名人(めいじん)で鼠(ねずみ)ばかり食(く)うものだからそんなに肥(ふと)って色(いろ)つやが善(よ)いのだろう」黒(くろ)の御機嫌(ごきげん)をとるためのこの質問(しつもん)は不思議(ふしぎ)にも反対(はんたい)の結果(けっか)を呈出(ていしゅつ)した。彼(かれ)は喟然(きぜん)として大息(たいそく)していう。「考(かん)げえるとつまらねえ。いくら稼(かせ)いで鼠(ねずみ)をとったって――一(いっ)てえ人間(にんげん)ほどふてえ奴(やつ)は世(よ)の中(なか)にいねえぜ。人(ひと)のとった鼠(ねずみ)をみんな取(と)り上(あ)げやがって交番(こうばん)へ持(も)って行(ゆ)きゃあがる。交番(こうばん)じゃ誰(だれ)が捕(と)ったか分(わか)らねえからそのたんびに五銭(ごせん)ずつくれるじゃねえか。うちの亭主(ていしゅ)なんか己(おれ)の御蔭(おかげ)でもう壱円五十銭(いちえんごじゅっせん)くらい儲(もう)けていやがる癖(くせ)に、碌(ろく)なものを食(く)わせた事(こと)もありゃしねえ。おい人間(にんげん)てものあ体(てい)の善(い)い泥棒(どろぼう)だぜ」さすが無学(むがく)の黒(くろ)もこのくらいの理窟(りくつ)はわかると見(み)えてすこぶる怒(おこ)った容子(ようす)で背中(せなか)の毛(け)を逆立(さかだ)てている。吾輩(わがはい)は少々(しょうしょう)気味(きみ)が悪(わる)くなったから善(よ)い加減(かげん)にその場(ば)を胡魔化(ごまか)して家(うち)へ帰(かえ)った。この時(とき)から吾輩(わがはい)は決(けっ)して鼠(ねずみ)をとるまいと決心(けっしん)した。しかし黒(くろ)の子分(こぶん)になって鼠以外(ねずみいがい)の御馳走(ごちそう)を猟(あさ)ってあるく事(こと)もしなかった。御馳走(ごちそう)を食(く)うよりも寝(ね)ていた方(ほう)が気楽(きらく)でいい。教師(きょうし)の家(うち)にいると猫(ねこ)も教師(きょうし)のような性質(せいしつ)になると見(み)える。要心(ようじん)しないと今(いま)に胃弱(いじゃく)になるかも知(し)れない。

教師(きょうし)といえば吾輩(わがはい)の主人(しゅじん)も近頃(ちかごろ)に至(いた)っては到底(とうてい)水彩画(すいさいが)において望(のぞみ)のない事(こと)を悟(さと)ったものと見(み)えて十二月(じゅうにがつ)一日(ついたち)の日記(にっき)にこんな事(こと)をかきつけた。

○○と云(い)う人(ひと)に今日(きょう)の会(かい)で始(はじ)めて出逢(であ)った。あの人(ひと)は大分(だいぶ)放蕩(ほうとう)をした人(ひと)だと云(い)うがなるほど通人(つうじん)らしい風采(ふうさい)をしている。こう云(い)う質(たち)の人(ひと)は女(おんな)に好(す)かれるものだから○○が放蕩(ほうとう)をしたと云(い)うよりも放蕩(ほうとう)をするべく余儀(よぎ)なくせられたと云(い)うのが適当(てきとう)であろう。あの人(ひと)の妻君(さいくん)は芸者(げいしゃ)だそうだ、羨(うらや)ましい事(こと)である。元来放蕩家(がんらいほうとうか)を悪(わる)くいう人(ひと)の大部分(だいぶぶん)は放蕩(ほうとう)をする資格(しかく)のないものが多(おお)い。また放蕩家(ほうとうか)をもって自任(じにん)する連中(れんちゅう)のうちにも、放蕩(ほうとう)する資格(しかく)のないものが多(おお)い。これらは余儀(よぎ)なくされないのに無理(むり)に進(すす)んでやるのである。あたかも吾輩(わがはい)の水彩画(すいさいが)に於(お)けるがごときもので到底卒業(とうていそつぎょう)する気(き)づかいはない。しかるにも関(かん)せず、自分(じぶん)だけは通人(つうじん)だと思(おも)って済(すま)している。料理屋(りょうりや)の酒(さけ)を飲(の)んだり待合(まちあい)へ這入(はい)るから通人(つうじん)となり得(う)るという論(ろん)が立(た)つなら、吾輩(わがはい)も一廉(ひとかど)の水彩画家(すいさいがいえ)になり得(う)る理窟(りくつ)だ。吾輩(わがはい)の水彩画(すいさいが)のごときはかかない方(ほう)がましであると同(おな)じように、愚昧(ぐまい)なる通人(つうじん)よりも山出(やまだ)しの大野暮(おおやぼ)の方(ほう)が遥(はる)かに上等(じょうとう)だ。

通人論(つうじんろん)はちょっと首肯(しゅこう)しかねる。また芸者(げいしゃ)の妻君(さいくん)を羨(うらやま)しいなどというところは教師(きょうし)としては口(くち)にすべからざる愚劣(ぐれつ)の考(かんがえ)であるが、自己(じこ)の水彩画(すいさいが)における批評眼(ひひょうがん)だけはたしかなものだ。主人(しゅじん)はかくのごとく自知(じち)の明(めい)あるにも関(かん)せずその自惚心(うぬぼれしん)はなかなか抜(ぬ)けない。中二日(なかふつか)置(お)いて十二月四日(じゅうにがつよっか)の日記(にっき)にこんな事(こと)を書(か)いている。

昨夜(ゆうべ)は僕(ぼく)が水彩画(すいさいが)をかいて到底物(とうていもの)にならんと思(おも)って、そこらに抛(ほう)って置(お)いたのを誰(だれ)かが立派(りっぱ)な額(がく)にして欄間(らんま)に懸(か)けてくれた夢(ゆめ)を見(み)た。さて額(がく)になったところを見(み)ると我(われ)ながら急(きゅう)に上手(じょうず)になった。非常(ひじょう)に嬉(うれ)しい。これなら立派(りっぱ)なものだと独(ひと)りで眺(なが)め暮(く)らしていると、夜(よ)が明(あ)けて眼(め)が覚(さ)めてやはり元(もと)の通(とお)り下手(へた)である事(こと)が朝日(あさひ)と共(とも)に明瞭(めいりょう)になってしまった。

主人(しゅじん)は夢(ゆめ)の裡(うち)まで水彩画(すいさいが)の未練(みれん)を背負(しょ)ってあるいていると見(み)える。これでは水彩画家(すいさいがいえ)は無論(むろん)夫子(ふうし)の所謂(いわゆる)通人(つうじん)にもなれない質(たち)だ。

Section Translation & Notes


Section 7

 主人(しゅじん)が水彩画(すいさいが)を夢(ゆめ)に見(み)た翌日例(よくじつれい)の金縁(きんぶち)眼鏡(めがね)の美学者(びがくしゃ)が久(ひさ)し振(ぶ)りで主人(しゅじん)を訪問(ほうもん)した。彼(かれ)は座(ざ)につくと劈頭(へきとう)第一(だいいち)に「画(え)はどうかね」と口(くち)を切(き)った。主人(しゅじん)は平気(へいき)な顔(かお)をして「君(きみ)の忠告(ちゅうこく)に従(したが)って写生(しゃせい)を力(つと)めているが、なるほど写生(しゃせい)をすると今(いま)まで気(き)のつかなかった物(もの)の形(かたち)や、色(いろ)の精細(せいさい)な変化(へんか)などがよく分(わか)るようだ。西洋(せいよう)では昔(むか)しから写生(しゃせい)を主張(しゅちょう)した結果(けっか)今日(こんにち)のように発達(はったつ)したものと思(おも)われる。さすがアンドレア・デル・サルトだ」と日記(にっき)の事(こと)はおくびにも出(だ)さないで、またアンドレア・デル・サルトに感心(かんしん)する。

美学者(びがくしゃ)は笑(わら)いながら「実(じつ)は君(きみ)、あれは出鱈目(でたらめ)だよ」と頭(あたま)を掻(か)く。

「何(なに)が」と主人(しゅじん)はまだいつわられた事(こと)に気(き)がつかない。

「何(なに)がって君(きみ)のしきりに感服(かんぷく)しているアンドレア・デル・サルトさ。あれは僕(ぼく)のちょっと捏造(ねつぞう)した話(はなし)だ。君(きみ)がそんなに真面目(まじめ)に信(しん)じようとは思(おも)わなかったハハハハ」と大喜悦(だいきえつ)の体(てい)である。

吾輩(わがはい)は椽側(えんがわ)でこの対話(たいわ)を聞(き)いて彼(かれ)の今日(きょう)の日記(にっき)にはいかなる事(こと)が記(しる)さるるであろうかと予(あらかじ)め想像(そうぞう)せざるを得(え)なかった。この美学者(びがくしゃ)はこんな好(いい)加減(かげん)な事(こと)を吹(ふ)き散(ち)らして人(ひと)を担(かつ)ぐのを唯一(ゆいいつ)の楽(たのしみ)にしている男(おとこ)である。彼(かれ)はアンドレア・デル・サルト事件(じけん)が主人(しゅじん)の情線(じょうせん)にいかなる響(ひびき)を伝(つた)えたかを毫(ごう)も顧慮(こりょ)せざるもののごとく得意(とくい)になって下(しも)のような事(こと)を饒舌(しゃべ)った。「いや時々(ときどき)冗談(じょうだん)を言(い)うと人(ひと)が真(ま)に受(う)けるので大(おおい)に滑稽的(こっけいてき)美感(びかん)を挑撥(ちょうはつ)するのは面白(おもしろ)い。せんだってある学生(がくせい)にニコラス・ニックルベーがギボンに忠告(ちゅうこく)して彼(かれ)の一世(いっせ)の大著述(だいちょじゅつ)なる仏国革命史(フランスこくかくめいし)を仏語(フランスご)で書(か)くのをやめにして英文(えいぶん)で出版(しゅっぱん)させたと言(い)ったら、その学生(がくせい)がまた馬鹿(ばか)に記憶(きおく)の善(よ)い男(おとこ)で、日本文学会(にほんぶんがくかい)の演説会(えんぜつかい)で真面目(まじめ)に僕(ぼく)の話(はなし)した通(とお)りを繰(く)り返(かえ)したのは滑稽(こっけい)であった。ところがその時(とき)の傍聴者(ぼうちょうしゃ)は約百名(やくひゃくめい)ばかりであったが、皆熱心(みなねっしん)にそれを傾聴(けいちょう)しておった。それからまだ面白(おもしろ)い話(はなし)がある。せんだって或(あ)る文学者(ぶんがくしゃ)のいる席(せき)でハリソンの歴史(れきし)小説(しょうせつ)セオファーノの話(はな)しが出(で)たから僕(ぼく)はあれは歴史小説(れきししょうせつ)の中(うち)で白眉(はくび)である。ことに女主人公(おんなしゅじんこう)が死(し)ぬところは鬼気(きき)人(ひと)を襲(おそ)うようだと評(ひょう)したら、僕(ぼく)の向(むこ)うに坐(すわ)っている知(し)らんと云(い)った事(こと)のない先生(せんせい)が、そうそうあすこは実(じつ)に名文(めいぶん)だといった。それで僕(ぼく)はこの男(おとこ)もやはり僕同様(ぼくどうよう)この小説(しょうせつ)を読(よ)んでおらないという事(こと)を知(し)った」神経胃弱性(しんけいいじゃくせい)の主人(しゅじん)は眼(め)を丸(まる)くして問(と)いかけた。「そんな出鱈目(でたらめ)をいってもし相手(あいて)が読(よ)んでいたらどうするつもりだ」あたかも人(ひと)を欺(あざむ)くのは差支(さしつかえ)ない、ただ化(ばけ)の皮(かわ)があらわれた時(とき)は困(こま)るじゃないかと感(かん)じたもののごとくである。美学者(びがくしゃ)は少(すこ)しも動(どう)じない。「なにその時(とき)ゃ別(べつ)の本(ほん)と間違(まちが)えたとか何とか云(い)うばかりさ」と云(い)ってけらけら笑(わら)っている。この美学者(びがくしゃ)は金縁(きんぶち)の眼鏡(めがね)は掛(か)けているがその性質(せいしつ)が車屋(くるまや)の黒(くろ)に似(に)たところがある。主人(しゅじん)は黙(だま)って日(ひ)の出(で)を輪(わ)に吹(ふ)いて吾輩(わがはい)にはそんな勇気(ゆうき)はないと云(い)わんばかりの顔(かお)をしている。美学者(びがくしゃ)はそれだから画(え)をかいても駄目(だめ)だという目付(めつき)で「しかし冗談(じょうだん)は冗談(じょうだん)だが画(え)というものは実際(じっさい)むずかしいものだよ、レオナルド・ダ・ヴィンチは門下生(もんかせい)に寺院(じいん)の壁(かべ)のしみを写(うつ)せと教(おし)えた事(こと)があるそうだ。なるほど雪隠(せっちん)などに這入(はい)って雨(あめ)の漏(も)る壁(かべ)を余念(よねん)なく眺(なが)めていると、なかなかうまい模様画(もようが)が自然(しぜん)に出来(でき)ているぜ。君注意(きみちゅうい)して写生(しゃせい)して見給(みたま)えきっと面白(おもしろ)いものが出来(でき)るから」

「また欺(だま)すのだろう」

「いえこれだけはたしかだよ。実際奇警(じっさいきけい)な語(ご)じゃないか、ダ・ヴィンチでもいいそうな事(こと)だあね」

「なるほど奇警(きけい)には相違(そうい)ないな」と主人(しゅじん)は半分降参(はんぶんこうさん)をした。しかし彼(かれ)はまだ雪隠(せっちん)で写生(しゃせい)はせぬようだ。

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 車屋(くるまや)の黒(くろ)はその後(ご)跛(びっこ)になった。彼(かれ)の光沢(こうたく)ある毛(け)は漸々(だんだん)色(いろ)が褪(さ)めて抜(ぬ)けて来(く)る。吾輩(わがはい)が琥珀(こはく)よりも美(うつく)しいと評(ひょう)した彼(かれ)の眼(め)には眼脂(めやに)が一杯(いっぱい)たまっている。ことに著(いちじ)るしく吾輩(わがはい)の注意(ちゅうい)を惹(ひ)いたのは彼(かれ)の元気(げんき)の消沈(しょうちん)とその体格(たいかく)の悪(わる)くなった事(こと)である。吾輩(わがはい)が例(れい)の茶園(ちゃえん)で彼(かれ)に逢(あ)った最後(さいご)の日(ひ)、どうだと云(い)って尋(たず)ねたら「いたちの最後屁(さいごっぺ)と肴屋(さかなや)の天秤棒(てんびんぼう)には懲々(こりごり)だ」といった。

赤松(あかまつ)の間(あいだ)に二(に)三(さん)段(だん)の紅(こう)を綴(つづ)った紅葉(こうよう)は昔(むか)しの夢(ゆめ)のごとく散(ち)ってつくばいに近(ちか)く代(かわ)る代(かわ)る花弁(はなびら)をこぼした紅白(こうはく)の山茶花(さざんか)も残(のこ)りなく落(お)ち尽(つく)した。三間半(さんけんはん)の南向(みなみむかい)の椽側(えんがわ)に冬(ふゆ)の日脚(ひきゃく)が早(はや)く傾(かたむ)いて木枯(こがらし)の吹(ふ)かない日(ひ)はほとんど稀(まれ)になってから吾輩(わがはい)の昼寝(ひるね)の時間(じかん)も狭(せば)められたような気(き)がする。

主人(しゅじん)は毎日学校(まいにちがっこう)へ行(い)く。帰(かえ)ると書斎(しょさい)へ立(た)て籠(こも)る。人(ひと)が来(く)ると、教師(きょうし)が厭(いや)だ厭(いや)だという。水彩画(すいさいが)も滅多(めった)にかかない。タカジヤスターゼも功能(こうのう)がないといってやめてしまった。小供(こども)は感心(かんしん)に休(やす)まないで幼稚園(ようちえん)へかよう。帰(かえ)ると唱歌(しょうか)を歌(うた)って、毬(まり)をついて、時々吾輩(ときどきわがはい)を尻尾(しっぽ)でぶら下(さ)げる。

吾輩(わがはい)は御馳走(ごちそう)も食(く)わないから別段(べつだん)肥(ふと)りもしないが、まずまず健康(けんこう)で跛(びっこ)にもならずにその日(ひ)その日(ひ)を暮(くら)している。鼠(ねずみ)は決(けっ)して取(と)らない。おさんは未(いま)だに嫌(きら)いである。名前(なまえ)はまだつけてくれないが、欲(よく)をいっても際限(さいげん)がないから生涯(しょうがい)この教師(きょうし)の家(うち)で無名(むめい)の猫(ねこ)で終(おわ)るつもりだ。

Section Translation & Notes

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  • なんという嬉しい驚き 本当にありがとうございます。
    “吾輩は猫である.”
    (What a pleasant surprise! I really appreciate your sharing
    “吾輩は猫である.” )

    • Thank you! I do too. I’m better at ignoring furigana (unless I really need it) now, but in the past, my eyes went right to it. Easy isn’t always best.

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